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長島愛生園を訪ねて

 

 長男とともに、夏休みのボランティアスクールに参加。平群町社会福祉協議会の職員さん、他の小学校の子どもたちと一緒に、岡山県にある元ハンセン病患者の方が暮らす施設、長島愛生園を訪れました。

 

 ハンセン病は「らい菌」でおこる病気で、神経や皮膚が侵されます。戦争が激しく、栄養が不十分だった時期に、子どもたちに多く患者が広がりました。


 感染力は弱く、薬で治る人もいたのに、時の政府は患者を隔離する法律を作り「無らい県運動」を推奨しました。母子感染が多かったため「遺伝する」という誤解が広がり、患者と家族は大きな差別を受けました。患者は徹底して離れ小島に閉じ込められ、ある子どもは、母親に「旅行に連れて行ってあげる」と言われ、喜んでついて行ったら長島に着き海岸で悲しいお別れをした、などのエピソードが残されています。

 

 長島には、多いときには2000人近い人が隔離され、学校や働く場所もつくられました。厳しい労働環境は多くのケガを伴い、知覚障害をもつ患者はケガの発見が遅れ、多くの人が手足の指を壊疽で失いました。

 

 今から70年以上前に特効薬が発明されて、患者の人はみんな治っていました。しかし20年前まで間違った法律がただされず、差別が続き多くの患者が苦しみました。1996年にようやく法律が変わり大臣が謝罪しましたが、保障はすすまず、今でも家に帰ることのできない人たちが愛生園で暮らし、平均年齢は87歳とのことです。

 

 科学的知見に基づく事実により法律の誤りが明らかになった時点で、政府はその誤りをただし、謝罪と保障を行うべきでしたが、自民党政権はその誤りを認めず、非自民政権が発足するまで事態は打開されませんでした。それでも多くの元患者が声をあげ、島には高校がつくられたり、橋が架けられるなど、事態を打開する大きな運動が展開されました。

 

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