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脱原発議員連盟で宮城県女川町を視察

 ↑宮城県「脱原発・県議の会」の皆さんと、奈良県「脱原発をめざす奈良県議会議員連盟」視察団


 ↑女川原発PRセンターにて、あわや過酷事故だった実態を学ぶ


 ↑海岸から女川原発を調査


 超党派の「脱原発をめざす奈良県議会議員連盟」(山本進章会長・18名)有志9名の議員団で、宮城県・女川町を訪れました。今回の調査は、…蠖59の宮城県議会で20名の議員で結成された「脱原発・県議の会」との交流、同県にある女川原発(東日本大震災の震源に最も近い原発)の実態調査、F姥業再稼働に反対する立地30km圏域住民の会との懇談、を目的に実施したものです。

東北電力・女川原発は「津波に耐えた」と安全神話の普及に利用されていますが、実態は真逆で過酷事故に「紙一重」のところでした。13mの津波に対し、敷地の標高がわずか80cm上回っていたこと、地域住民の長年にわたる粘り強い運動の中で実現してきた「引き潮による冷却水喪失に備えた取水口の掘り下げ」が的中したこと、電源5系統のうち1系統だけが辛うじて残りったこと、などが福島との明暗を分けました。
美しい漁港を玄関口にもつ女川町は、原発立地により産業構造が大きく変化したものの、水産関係を基幹産業としていました。ところが、5年前の津波で町の3分の2にあたる2400世帯が流され、人口の約1割にあたる827名が死者行方不明者となったのです。案内してくださった高野博女川町議(11期目)も自宅を失い、今も仮設住宅暮らしです。
現在女川町では、大規模なかさ上げ工事と新しいまちづくりがすすめられ、養殖業なども回復し、紆余曲折がありながらも復興が進んでいます。高野町議は45年前の立候補・初当選時から「原発の危険」とたたかうなかで原発関係者からも信頼を勝ち取ってこられましたが「過酷事故を食い止めたことが復興に繋がっている」「再稼働は絶対に許してはならない」と話しました。

視察団は最終日、宮城県議会で「県議の会」代表の佐々木功悦議員(みやぎ県民の会)、副会長の中嶋廉議員(日本共産党)、事務局長の岸田清実議員(社民党)の3議員と懇談しました。県議会で脱原発の会を作るにあたっては、電力関係各方面から様々な圧力があったそうですが、それをはねのけて結成に至ったとのことです。遠く離れた奈良県に18名の議員連盟が存在することが励みになったといいます。
現在宮城県では、福島第一原発事故に伴う水産業被害の損害賠償や、稲わらなど放射能で汚染された廃棄物処理をめぐる問題が焦点となっており、議員連盟としても旺盛に県民の立場に立って活動を強めておられます。今後の活動の交流などを約束し、宮城県をあとにしました。
カテゴリ:震災救援2011 | 19:39 | comments(0) | - | - | - |
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