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請戸小学校を訪ねて【2日目】超党派「脱原発議連」が調査
 海岸近くの請戸小学校を訪ねました。

 校内の時計はどれも、津波到達時刻の3時38分で止まっています。当日は卒業式が行われ、全児童180名中約80名が校内にいたそうですが、教職員の誘導により全員が近くの高台に避難し、犠牲者を出しませんでした。

 高さ15mもの津波は、学校を飲み込みましたが、その後の放射能災害で立ち入ることが出来ず、降った美立ち入れるようになったのは今年4月1日からです。

 子ども教材や掲示物は当時のままであり、黒板には今年4月以降支援に入った方々や、卒業生たちの寄せ書きがありました。「この学校が大好きでした。将来、必ず戻ってきます。」という力強いメッセージも。

 原発さえなければ、復興して子どもたちの歓声がこだましていることでしょう。原発は本当に罪深いものです。


 ↑震災当日は卒業式で、80名の児童が校内にいた。体育館は野鳥の住み処と化している。


 ↑津波到達時刻の3時38分で止まった時計


 ↑今年4月以降、立ち入りが出来るようになり、支援者の寄せ書きが黒板に。


 ↑子どもたちが使用していた教材なども当時のまま


 ↑原発さえなければ、復興して子どもたちの歓声が聞こえていただろう。
カテゴリ:震災救援2011 | 22:41 | comments(0) | - | - | - |
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