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無謀な戦争をやめろと大喝した松本元一郎さん(東吉野村)の墓参
 
 ↑初めて墓参することができました


 ↑「元一郎さんは正しかった…」村人の記憶に深く刻まれていたことに感動しました

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(略称:国賠同盟)奈良県青年部の企画で、戦前に「無謀な戦争をやめろ」と大喝し逮捕投獄された松本元一郎さんの墓参をおこないました。

 松本元一郎さんは1944年春、東吉野村の小(おむら)字の通称「へり道」のコンクリート上に「負け戦争(いくさ)するなバカヤラウ」と書き出したことで逮捕され、約1年半奈良刑務所に投獄されました。村の人たちが「松本さんを釈放せよ」と嘆願しますが、大宇陀書はこれをうけず、終戦まで釈放しませんでした。元一郎さんは「おれは何も悪いことはしていない」と言い切ったと伝えられています。また元一郎さんは女性の権利向上のため、産児制限(避妊)や女子教育の重要性を村人に説いたと言われています。

 この日、青年同盟員は議会などで欠席が多く、あいにく青年部長の私と、事務局長の谷川さんの2名の参加となりましたが、日本共産党東吉野村支部長の久里幸夫さん、4区予定候補の山たよさん、国賠同盟県本部から、田辺実会長、加藤伸之事務局長、東吉野村出身で林業研究家の谷彌兵衛さんがご参加下さいました。

 現地では、松本元一郎さんの孫にあたる西上桂子さん、甥にあたる松本喜八郎さん、元日本共産党村議の桝本實雄さんが迎えて下さりました。

 皆さんは、当時の様子を「B29が上空を飛び、阪神方面に空爆に行く様子が恐ろしかった」「学校では軍事教練がおこなわれ、何人もの青年が赤紙で出征していた」「英霊として帰ってきた人たちは骨も残っていなかった」などと語られ、奈良県の山奥の村でも徹底した軍国主義教育が浸透していた様子がうかがえました。

 松本元一郎さんのことが調査され始めたのは2010年のことです。もう70年近い昔のことなので、現場を見たという人はほとんど亡くなっており、当時少年や子どもだった人たちが証言しました。それでも、元一郎さんの勇気ある行動は、子ども心に衝撃的だったのか、鮮明な記憶として語られたそうです。
 また、林業家・材木商人で、村の助役までつとめた元一郎さんは、研究熱心な性格と、お酒好き、剛直な人柄、村の発展のために尽くす姿勢で多くの人に慕われており、多くの人の記憶に残っていました。

 現在、谷彌兵衛さんが調査記録をまとめて執筆されているので、完成を心待ちにしています。


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カテゴリ:ウラ話 | 10:03 | comments(0) | - | - | - |
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