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放射能災害に苦しむ被災地を訪ねて

ようやく落ち着きつつあるが…
  地域のネットワークづくりに奔走する自治会長さんの訴え

 第10仮設住宅(250世帯)の自治会長さんにお話をお伺いすることが出来ました。

 仮設住宅で暮らす皆さんは同じ楢葉町からの避難者ですが、元々住んでいた大字はバラバラで、半年ほどたってようやく連帯がうまれつつあるそうです。老人会が中心となり、週1回のカラオケ、月2回の詩吟、民舞、グランドゴルフなどに取り組んでおられます。

 「目標を持つことが大切」と話し合い、秋にいわき市内で行われる大会への出場を目指しているとか。また、仮設住宅の一角に町のサポートセンターが建設されており、介護予防のためのデイケアをおこなっています。

 「入居から約1年。仮設住宅に暮らす仲間については、ほぼ実情が把握できた。心配なのは借り上げ住宅で暮らしている人たち。楢葉町からの避難者の約半数が市内に点在しており、町役場ですら実態を把握できていない。きっと孤独な思いをしているだろう。」

 とネットワークの必要性を話しておられました。

 




「生き甲斐づくり」くんちぇ広場
 楢葉町の2業者が共同でスーパー出店

 
この地方の方言で「下さい」を意味する「くんちぇ」広場なるものが評判なので、訪ねました。
 車に乗らなければ買い物にいけないため「仮設住宅の近くに歩いて行ける商店があれば」という要望が強くあったそうです。昨年10月、楢葉町の北部で商店を営んでいた方と、南部で営んでいたライバル店のお二方が共同で出資し、仮設住宅の一角に「くんちぇ広場」というスーパーマーケットを開いておられます。

 「お客さんはみな地元の顔見知りなのでホッとする。地域の交流の場になれば。」

と店主は話されます。

 楢葉町の商店は雨漏りと停電でダメになったため、商売はゼロからの出発だったそうです。町がスペースを提供し、無利子で融資してくれたことが力になり、共同経営に踏み切ったそうです。

 「海岸沿いで育ったものばかりなので、魚は欠かせない。お客さんからリクエストがあれば、近くに中央卸売市場があるので北海道や九州の魚を仕入れてさばいてる。そのほかの商品も、注文に応じて仕入れたり、配達したりしている。儲けにはならないが、楢葉の人の役に立っていると思えることが生き甲斐になっている。」

と話しておられました。


 ↑きさくな店長さん


 ↑新鮮な魚介類が並ぶ

「東電と交渉するときのために、取ってある」
   85歳の元養蚕業者の決意

 楢葉町では知らない人はいないというほど有名な元養蚕業者の男性とお話しできました。「大臣賞を2回受賞し、全国から研究者が視察にきた」と懐かしそうに話すお話ぶりに年齢を聞くと、なんと85歳です。被災前は5町歩の田んぼを耕しながら、養蚕業を営んでおられたそうです。

 事故後、東電に営業補償の計算をしてもらったところ、日給¥3000にしかならず、原発関連社員の日給¥13000と比べあまりにもの格差に驚き、怒りがおさまりません。

 「娘が有名な国立大学の農学部を出て、妻と3人でやってきた。若い頃からどれだけ苦労して、投資をしてきたか。将来、東電と交渉するときのために、写真を大事にとってある。最後までたたかう。」と話しておられました。手にしたアルバムには、嫁いできたばかりの奥さんと苦労して養蚕を営んできた様子や、大学で研究を重ねた娘さんとともに養蚕の近代化を図ってきた様子がよくわかる写真が貼ってありました。


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カテゴリ:震災救援2011 | 23:51 | comments(0) | - | - | - |
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