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奈良県誕生の父、今村勤三氏を訪ね、関西広域連合を考える





 行動の合間に、安堵町の歴史民俗資料館を訪れました。

 ここは、「奈良県再設置運動」で有名な今村勤三氏(奈良県議会初代議長)の旧家でもあります。

 明治9年(1876年)、「轄領地拡大で税収増を」との政府方針により奈良県は堺県に吸収され、さらに5年後、堺県は大阪府に吸収されました。奈良の人が納めた税金は大阪湾岸開発に注ぎ込まれ、奈良の河川整備・道路整備は遅れました。大和川は大雨のたびに氾濫。平群の十三峠では追い剥ぎが後を絶たない・・・。町はさびれ、堺へ転出する人が後を絶たなかったと、展示されている当時の「郵便報知新聞」が伝えます。
 
 今村勤三氏らの手により運動が広がり、ようやく明治20年(1887年)、奈良県が再設置されることになりました。
 

 「関西広域連合は道州制への第一歩、府県をなくし関西州を実現し大阪を州都に」「自由に使えるカネが1兆円になる、大阪ベイエリア開発と関西大環状道路実現を」と訴える大阪の橋元知事の姿が、当時の状況とダブります。

 この広域連合の旗振り役は関西財界です。行政の広域化と都市部への一極集中により、大型公共事業こそ潤いますが、ますます地域格差が広がり福祉は切り捨てられます。橋元知事自身も「広域連合は住民生活と関係ない」と言い放っています。


 明治時代の「広域化」が行き詰まったように、現在の「関西広域連合」の行き着く先が、財界の儲け応援、地方自治と住民生活の破壊であることは明らかです。荒井知事の「行き先の不明なバスには乗らない」という姿勢は評価できますが、この広域連合バスの本当の中身をもっと住民知らせることが大切だと思います。
 
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カテゴリ:安堵町 | 21:23 | comments(0) | - | - | - |
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